魔術を行うための準備その④ 魔術に必要な感情

前回、魔術を行うための準備その③ 魔術に必要な思考 で言った通り、魔術の実践では思考とともに感情が必要となる。

今回は、感情について説明していこう。

感情の力

魔術を行うための準備その① 魔術の肯定 で、人の思いには力がある、それを肯定しよう、と言った。

思いが何のパワーも持たないと思うのならば、不幸宣言もできるはず、とも。

ここまで読み進めてきた君は、もしかしたら積極的ではないかもしれないが(あるいは、無自覚にだとしても)、思いの力を認めているだろう。

けれども、すでに気づいているかもしれないが、

自分で書いた不幸のアファメーションに、ほとんど力はない。

なぜなら、自分が心からそれを望んでいるのではないと、知っているからだ。

怒らないでほしい。

ほとんど力はないが、ゼロではない。人によっては、大きく育つ種にもなり得るのだから。

望まない現実を表すアファメーションを紙に書いて壁に貼っただけでは、何も変わらない。

けれども、その現実を想像し感情を生じさせることを何度も繰り返していくと、それがただの望まぬ現実だという認識が薄れ、現実だと錯覚する

自分の中で、あり得る(可能な)現実という認識に変わってしまうのだ。

自分の思いには、現実を変える力がある

それは事実である。

そして、その思いとは思考感情であり、思考をトリガーだとすると、感情は開始されたその動きを持続・加速させる燃料といえるだろう。

情動(強い感情)

感情には、気分と情動と呼ばれるものがあり(簡単にいうと、弱く長く続く感情を気分と呼び、強く短い感情を情動と呼ぶ。)、魔術に必要なのは、情動である。

シジルを向こう側(宇宙エネルギーがオーダーを受ける場所)に通すとき、儀式でスピリットに望むときなど、様々な場面において、情動は不可欠なものである。

五感への刺激に対する評価…生理反応(恐怖で心拍数が増加するなど)、行動反応(不快な音に耳をふさぐなど)、そして、主観的情動体験(悲しくなる映画を見る、友人に嫌なことを言われるなど)…から引き起こされる情動だが、この情動と外部刺激による反応は、どちらが先か?で意見が分かれるようだ。

情動→反応(悲しいから泣く)

反応→情動(泣くから悲しい)

※ジェームズーランゲ説『悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ』というのが有名。

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情動は、外部刺激によって起こる心身の反応を、自分の持つ知識とその時に置かれている状況をベースに意味づけすることで生じる(順序が逆の場合もあると思う)強い感情である。

そして、この意味づけが異なると、全く別の情動が生じるという有名な例が「吊り橋効果」と呼ばれるもの。

これは、高いところにあるグラグラと危なそうな吊り橋をわたるときに、落ちたらどうしようと不安になり心拍数が上がってドキドキする身体の反応の意味を、その場に一緒にいる異性へのトキメキとして解釈してしまい、強い恋愛感情(情動)が生じる効果のこと。

身体反応の原因の帰属を誤ると、危ない場所で同じよう胸がドキドキしても、不安からの恐怖と、異性への恋しさという別の情動を生じる場合があるのだ。

こうなる要因は、自分を取り巻く状況が大きい。その吊り橋に対象となり得る異性がいなければ、恋心と思ってしまうことはないのだから。

知識と状況が、情動の決め手となるのは、君もわかるだろう。

たとえば、大勢の見ている前で君が発表する場面。

壇上に上がる君に皆の視線が集まっている。

そのとき、君はつまづいて転倒。

服が破れ(あるいは落ちる・めくれる)、

君の下着が観衆の目前に晒され…

超!超!超!恥ずかしーーー!

顔から火が出るほど恥ずかしい君。

頬は上気して真っ赤。

脈拍も上昇。

この「とても恥ずかしい」という情動は、

「赤面する」という反応を、「下着は本来服で隠されているべきものという知識」と、「大勢が見ている」という状況で解釈されたことで生じている。

もし、これが、自分の部屋にひとりでいるときに起こったらどうだろう。

同じように転倒し、同じように下着が外から見える状況になったとしても、それを見る第三者がいないならば…。

そう、ただ転んで服が破れた(落ちた・めくれた)だけで、恥ずかしいという情動は生じない。

もちろん、顔も真っ赤にならないはずだ。

情動が生じる過程はこのようになるが、これを魔術でどう使うのか。

次の項でみていこう。

情動の役割

魔術の実践で感情を必要とするのは、君の望む現実にリアルな形を与えることで、宇宙に対するオーダーの強度を上げるためである。

オーダーの強度によって、宇宙エネルギーの対応も違うもの。

現実の社会でも、

「○○やっといて」と軽い口調で言われるより、

「必ず○○をやっておいてください」と強く要求されるほうが、受け止め方も重くなるだろう。それと同じである。

望みを声に出して言う、あるいは、紙に書いただけでは、内容と意味は理解できても、それがどのくらい真剣な(切実な、強い欲求の、本気の)ものかは、わからない。

「うれしい」と、ただ棒読みした場合と、

「うれしい!!!」と満面の笑みでピョンピョン跳ねながら叫ぶ場合では、

後者のほうが、より強くうれしさが伝わる。

同じように、強い感情とともに望むことで、魔術にパワーを付加できるのだ。

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情動を生じさせる想像

強い感情である情動を、魔術を行う際に生じさせるには、想像力が要る。

そう聞くと、

オレ、想像力ないんだよな。

私、現実主義者だから無理かも。

と思う人もいるだろう。

安心してほしい。

人はみな、想像力を備えている。

そして、たとえ君がリアリストだとしても、今、これを読んでいるのなら、魔術が機能する現実が君の現実になる。

それに、何といっても、基本的に想像するのは君の望む現実だ。

すでに頭に思い描いたことのある現実ではないか?

こうなったらいいな…と想像し、いい気分になったからこそ、それを得たいと望んでいるはず。

その上で、あえて想像する力が必要だとしたのは、よりリアルに想像できれば、より強い情動を生じさせることができるからだ。

前回記した望む現実を想像する思考、そして、その想像により生じる情動。これらを不可欠とする魔術は数多い。

想像力を豊かにするには、もっと貪欲になるといい。

君は今よりも幸福であるべきだ。

君は今よりも満たされているべきだ。

自分でも、そう思うだろう?

想像してみよう。

願いが叶った自分の姿。

望んだ状況に身を置く自分の心境。

満たされた欲求は、君に何を与えただろうか。

大いなる喜び。

震える感動。

心にあたたかく広がる安心感。

狂おしいほどの愛しさ。

感謝、優越感、幸福感…。

それらを持たぬ自分から、それらほしいもの)を手に入れた自分へ。

想像の中で君は変わる。

同時に、感情も変わる

望みの実現を想像で味わう…口元はほころび、興奮で胸が高鳴り、望む現実の中に君はいる

君自身が作り上げた想像の世界では、自分を取り巻く状況を正しく解釈し、ふさわしい情動を生じさせることができる。

その情動を、魔術に使うのだ。

最初に手引きするシジルマジックでは、シジル作成時にその情動をそこに込める。

望む現実の想像によって生じる君の情動は、魔術を行い、機能したのち、再び君に生じるだろう。

いずれ訪れるそのときの情動は、想像ではないリアルな現実によって生じるのである。

実に、楽しみだ。

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